1.先用権とは
通常の商標に対する先用権(商標法32条1項)とは、他人の商標登録出願前から不正競争目的ではなくその出願にかかる商標と競合する商標を使用し、その商標が周知商標となっている場合には、継続してその商標を使用できる権利を言います。先用権は未登録商標を保護しようとする制度です。すなわち周知商標については、他人の登録を排除するように商標法第4条1項10号で規定されていますが、この規定にも拘わらずに誤登録され、且つ除斥期間も経過してしまった場合に、登録されていない商標の既得権を保護するように機能します。なお、商標法上の先用権も先使用権と称されることがあります。商標権の侵害訴訟において、先用権は抗弁権として機能することが期待されてますが、現実には登録商標の出願時の周知性はそのハードルがかなり高いものと思いますし、特許などの先使用権(特79条)とは異なる性質となっています。
2.先用権が認められる要件
A.出願前から不正競争目的ではなく
先に登録されている商標と意図的に似せていることが読み取れるような商標には、不正競争目的として先用権は与えられないというように定められています。商標の標章部分は選択するものですので、例えば、図形を含む標章の図形までがよく似ている場合には、不正競争目的と判断される可能性が高いものと思います。
B.出願にかかる商標と競合する商標
その商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果と規定されていますので、専用権及び禁止権の範囲での使用が要件となります。
C.周知性
先用権については、その周知性が主な争点となることがあります。先用権の要件(32条)としての「需要者の間に広く認識されている」については、商標登録の要件(4条1項10号等)としての「需要者の間に広く認識されている」よりも緩やかに解釈されるとする裁判例もありますが(東京高判平5.7.22)、一般的に、また特許庁の逐条解説でも同レベルと考えられています。「周知」とは、「需要者の間に広く認識されている」ことをいい、一地域で又は特定の取引者・需要者の間で知られていれば、「周知」に該当します。なお、全国販売されるような商品の名称である場合には、1県だけでなく数県にわたって広く認識されている必要があります(東京高判昭58.6.16)。例えば、上記裁判例では、コーヒー等の全国的に流通するものの名称は広島県だけでなく、隣接する山口県や岡山県等においても広く認識されている必要があるとされています。逆に菓子等の特産品の名称の場合には、1県内で広く認識されていれば「周知」に該当するといえます。このような周知性が必要な時点は、原則として登録商標の出願時であり、最近やっと周知になってきたというような場合では遅きに失することもあります。☞周知と著名についての解説
D.継続使用
継続して使用することが要件とされ、途中で長らく使用を中断するような商標では、保護すべき信用が減少すると考えられています。継続は他人の商標登録出願の際から続けてと解釈されています。
3.移転の制限
業務を承継した者にも、同様な先用権が与えられます。その承継の時期は商標登録の前でも良いとされています。業務とともにする以外の移転は認められません。
4.地域団体商標の商標権に対する先用権
通常の商標権に対する先用権(商標法32条1項)とは異なり、地域団体商標の商標権に対する先用権の発生には、商標登録出願時における使用商標の周知性は必要とされません(商標法32条の2第1項)。
5.出所混同防止表示の請求
通常の商標権に対する先用権或いは地域団体商標の商標権に対する先用権を有する者に対しては、登録した商標権者又は専用使用権者は、自己の業務に係る商品又は役務との混同を防ぐのに適当な表示を付すべきことを請求することができます。