1.欧州連合商標の制度概要(Outline)
欧州連合商標(EUTM:European Union Trade Mark)とは、欧州連合知的財産庁(EUIPO:European Union Intellectual Property Office)における1件の登録で欧州連合(EU:European Union)加盟国全体をカバーする商標権を指します。平成28年3月23日から、今までの共同体商標(CTM:Community Trade Mark)は欧州連合商標に、欧州共同体商標意匠庁(OHIM*)は欧州連合知的財産庁にそれぞれ改称されています。欧州連合商標は欧州各国内の商標権に影響を及ぼしませんので、1つの商標について、欧州各国内の商標出願登録をすることも、欧州連合商標の出願をすることも、両方に出願することもできます。
※現在のEU加盟国は、ベルギー、ブルガリア、チェコ、デンマーク、ドイツ、エストニア、アイルランド、ギリシャ、スペイン、フランス、クロアチア、イタリア、キプロス、ラトビア、リトアニア、ルクセンブルク、ハンガリー、マルタ、オランダ、オーストリア、ポーランド、ポルトガル、ルーマニア、スロベニア、スロバキア、フィンランド、スウェーデンの27か国です(2020年2月現在)。なお、スイス、ロシアとノルウェーは欧州共同体に加盟しておらず、英国は2020年1月末に離脱しました。EEA(欧州経済領域)のノルウエー、アイスランド、リヒテンシュタインには、EU加盟国ではないので欧州連合商標の効力は及ばないものとなっています。
欧州連合からのイギリス脱退については、2020年末までの移行期間が設けられており、現状の欧州商標の商標権者は、期待される英国への保護の拡張手続を待つか、或いは積極的に移行期間の終了前に英国出願をするかの選択が求められます。
欧州連合知的財産庁(EUIPO)は、スペイン、アリカンテにある欧州連合の専門機関のひとつです。その前身である欧州共同体商標意匠庁(OHIM)は、1999年に設立され、正式には“域内市場における調和のための官庁(商標及び意匠)”[Office for Harmonization in the Internal Market (Trade Marks and Designs)]と呼ばれていました。ちなみに共同体意匠(Community Design)はそのままです。
2.欧州連合商標の手続 (Procedure of EUTM)
欧州連合商標を出願する際は、EUIPO にマドプロ(Madrid System)経由か或いは直接出願をすることになります。欧州各国の商標庁に出願することはできません。これは、現状で出願の96%はEUIPOへの電子出願形式で出願されていることを反映しています。出願後に、EUIPOによる方式審査(formality check)と絶対的拒絶理由(absolute ground)に関する審査が行われます。絶対的拒絶理由は、商標としての顕著性など機能を有するか否かの観点で判断され、先行商標との競合関係(相対的拒絶理由: relative ground)については審査されません。また、EUIPOからは、先行する商標についての調査報告がなされ、オプションで所定の商標庁による調査報告(search report)も得られます。出願人が調査報告書を受け取ってから少なくても1ヶ月経過後に出願公告がされ、出願公告の日から3ヶ月が異議申立(opposition)期間となります。異議申立がなかった場合、異議申立が認められなかった場合、或いは異議申立の認容に対する不服申立(appeal)が認められた場合には、欧州連合商標が登録されます。登録された欧州連合商標は公示されます。手続の流れをフローチャートで簡単に示すと以下のようになります。
3.欧州連合商標の長所と短所 (EUTM’s merits and demerits)
EUTMの長所
- 単独の出願でEU加盟国全てをカバーする商標権の取得が可能です。また、更新などの手続も一度で済むため、容易な商標管理が実現されます。
- EU加盟国のいずれか一カ国で商標を使用していれば不使用取り消しを免れることができます。
- EU加盟国の多くの国で出願する場合、費用が通常の各国出願より安く済みます。
EUTMの短所
- 一旦、拒絶になるとその効力がEU加盟国全部に及んでしまいます。この場合に、拒絶がなかった国については通常の各国出願に切り換えることもできます。
- 取り消し、無効についても権利は一体として扱われるので、EUの一カ国においてのみ取り消し、無効が確定した場合。他のEU諸国においても権利が消滅してしまいます。また、国ごとには商標権は譲渡できません。
- 相対的拒絶理由の審査がされずに、方式と絶対的拒絶理由の審査だけが行われて登録になります。従って、同一、類似の商標が数多く併存し、異議申し立てをうける蓋然性は高くなっています。
EUIPO動画(日本語)
Register Brand Europe – Japanese 2:14
4.欧州連合商標の出願 (Filing)
Q.保護対象となるのはどのようなものでしょうか?
A.言語(商標出願に係る指定商品、指定役務についての普通名称になっているものを除きます)、人名、署名、文字、数字、頭文字、文字や数字や記号の結合、ロゴ、スローガン、デザイン、図、絵文字、人の肖像、言葉や図形の結合、色彩、ホログラム、音楽、呼び出し音、音声、動きのある標章などが保護対象です。 CTM制度では、”写実的に表現できる”との要件がありましたが、平成26年の改正でこの要件が削除され、においの商標や将来の新しいタイプの商標にも対応可能となっています。
Q.どのような人が欧州連合商標を取得できますか?
A.全ての人(自然人および法人)です。ただし、住所、営業所または現実の生産活動拠点がEU加盟国、パリ条約加盟国、TRIPs協定締約国のいずれかにあることが必要です。(日本はパリ条約に加盟しているので、日本人、日本企業はこの条件を満たしています。)
Q.欧州連合商標にはどうような種類がありますか?
A.一般的な欧州連合商標(individual)の他に、団体商標(collective mark)と2017年10月1日からは新しい証明商標(certification mark)があります。登録の要件や機能について詳しくは、欧州連合商標の団体商標と新しい証明商標のページを参照してください。
Q.出願するとき、代理人は必要でしょうか?
A.欧州連合内に住所、営業所または現実の生産活動拠点を持たない人は代理人を通じて手続をしなければなりません。EUに住所、営業所または現実の生産活動拠点を持っている人は自ら手続を行うこともできますし、代理人を通じて手続を行うこともできます。 代理人は欧州商標弁理士またはEUのいずれかの国で資格をもった弁護士でなければなりません。
Q.出願の際に使用できる言語は何語でしょうか?
A.出願の際に使用することができる言語はEUの公用語です。また、第二言語としてEUIPOの公用語(スペイン語、ドイツ語、英語、フランス語、イタリア語)のいずれかを選ぶ必要があります。出願の際にEUIPOの公用語を使用していたとしても、第二言語を選ばなくてはなりません。この第二言語は出願人が可能な手続言語として受け入れるものです。異議申立,取消請求手続、無効請求手続はEUIPOの公用語で行われます。(出願もEUIPOの公用語で行われていた場合、手続をする人は出願の際の言語を使うか第二言語を使うかを選ぶことができます。)
なお、EUの公用語とされるのは次の24の言語(太字はEUIPOの公用語)です。ブルガリア語、クロアチア語、チェコ語、デンマーク語、オランダ語、英語、エストニア語、フィンランド語、フランス語、ドイツ語、ギリシャ語、ハンガリー語、アイルランド語、イタリア語、ラトビア語、リトアニア語、マルタ語、ポーランド語、ポルトガル語、ルーマニア語、スロバキア語、スロベニア語、スペイン語、スウェーデン語
Q.出願方法はどうなりますか?
A.出願方法にはEUIPOに直接出願することになります。欧州各国の商標庁に出願することはできなくなっています。また、国際登録出願(マドプロ)で欧州連合(EM)を指定することもできるます。出願日はEUIPOが願書を受理した日または国内官庁が願書を受理した日になります。なお、EUIPOに直接出願する場合、郵送、インターネットによる電子出願方法がありますが、電子出願には150 EURの手数料割引があります。
Q.出願の際に必要な事項はどのようなものでしょうか?
A.欧州連合商標登録の願書が必要になります。詳しくは、出願を特定するための情報の提出、保護を求める商品、役務のリストの提出、 EUIPO又は国内官庁の願書の受理の日より1ヶ月以内の基礎出願費用の支払いが必要です。平成28年の改正点で、類見出し(class heading)を超える保護についての宣言が施行から6ケ月以内に限りできるとされています。IP Translator事件を受けて類見出しだけの記載については、その文言どおりに明確に含まれる商品、役務のみを指定したものと解釈されるため、その限定を防ぐためにも宣言が必要となり、期間内に宣言しなければ限定した権利解釈となります。
EUIPOに出願する場合、現地代理人の委任状は原則的に不要ですが、例外的に要求された場合は必要です。出願費用は、1区分出願がEUR850で、2区分目EUR50の追加、それ以降はEUR150ずつ加算されます(2016年3月23日より)。
5.欧州連合商標の審査 (Examination)
EUIPOは方式審査と、絶対的拒絶理由の審査を行います(相対的拒絶理由の審査は行いません。)。方式審査でチェックされることは、出願日が認定されているものであるかどうか、願書に必要な事項が記載されているか、必要な料金が支払われているかです。
Q.出願日の認定要件が欠けていたらどうなるのでしょうか?
A.官庁に受理された日付より遅い日付での出願日が認定されるか、出願が拒絶されるかのどちらかになります。出願日の認定要件が欠けていた場合、EUIPOは2ヶ月以内に欠けている要件を満たすようにという指令を出します。それにより欠けていた要件が満たされた場合、出願日は要件が満たされた日となります。
Q.絶対的拒絶理由(absolute ground)にはどんなものがあるのでしょうか?
A.その商標が以下の場合、出願人は意見書や補正書で応答・反論することができます。
- 記述的商標(但し、実質的な欧州連合域内での使用による識別性を獲得した場合を除く)
- 商品本来の形状
- 技術的な成果を得るための形状
- 商品の形状に相当な価値を付加する場合
- 特定の商品を表示するため業界内で使用されている文字または図形からなる商標(慣用商標)
- 商品の性質、品質、地理的出所に関し公衆を欺くおそれのある商標
- 公序良俗に反する商標
- パリ条約第6条の3の規定により保護された標識(国旗、及び国の紋章)
- 欧州連合のいずれかの国において非難的または侮辱的と思われる標識
審査官は、商標が識別力を欠く要素を含む場合にはその部分を権利不要求(disclaim)とすることを出願人に求めます。例えば、登録を求める商標が”〇〇-water”で指定商品が飲料水であれば、”water”について権利不要求とする場合が挙げられます。EUかのいずれか一カ国において普通名詞となってしまったものであるとき は登録を受けることはできません。また、立体商標の場合でその商標がその商品の形状そのものであるとき、その商標が公序良俗に反するようなものであるときも登録をうけることはできません。もし、審査にもかかわらずこのような商標が登録されてしまった場合、誰でもEUIPOに対して商標の無効審判を請求することができます。
Q.調査とはどのようなものになりますか?
A.出願日が認定された後、既に権利となっている商標、出願中の商標について、出願人の希望により、EUIPOとEU各国官庁が調査をします。EUIPOは、先行するEUTM登録、EUTM出願についてのみ調査を行います。このEUIPOのEU search reportは、実際はコンピューターが競合する関係の商標を機械的に抽出した結果を報告するものとなります。先行する商標の権利者は、競合する商標についての報告は受け取らないことを要求した場合を除いて、他人の調査報告に競合する商標として挙げられたとの通知を受け取ります。
出願人が希望し、手数料(EUR72)を支払った場合には、商標調査制度を採用しているEU加盟国の官庁も先行商標を調査し、出願人に国毎調査報告(National Search Report)を送付します。国毎調査報告を請求すると、商標調査制度を採用しているすべての国で調査が行われます。商標調査制度を採用していない国(英国、フランス、ドイツ、イタリア、キプロス、マルタ、スロベニア、エストニア、ラトビアなどの数多くの国)では、国毎調査報告は作成されません。またある特定の国、例えばオランダのみの国毎調査報告を請求することはできません。この調査報告書は、出願人だけに送られます。これらの調査報告書は欧州連合商標の登録を判断をする際の材料となるでしょう。
Q.出願公告とはどのようなものですか?
A.出願に絶対的拒絶理由がなく、調査報告書が出願人に送られたあと、出願人が出願を取り下げなければ異議申立のための出願公告が行われます。出願内容が公報に載り、どのような出願がされたのかを知ることができます。この際、商標登録に関して競合する商標の所有者は、相対的拒絶理由(他人の先行権利との関係における拒絶理由)を主張して異議申し立てを提起することができます。また絶対的拒絶理由に対し第3者はオブザベーションを提出することができます。オブザベーションに根拠ありと思われる場合には再度審査されます。
国内商標への変換 (Conversion)
欧州連合商標やマドリッド制度の国際登録で欧州を指定した出願、さらには欧州連合商標として登録されている商標は、絶対的な不登録事由や異議申し立てで、所定の国についての商標を受ける権利を失った場合などにおいて、問題の生じていない国に対しては国内商標への変換(Conversion)をすることで、欧州連合商標で生じた問題を回避しながら出願や権利を継続させることができます。このような国内商標への変換は、マドリッド制度国際登録で欧州を指定した出願でも行うことができ、純粋な国内商標とすることもできますが、マドリッド制度国際登録でそのマドリッド制度の加盟国に変換することもできます。国内商標への変換の申請は、通常3ヶ月の期限以内に庁に提出する必要があり、費用が200 EUROかかります。
6.先行権 (Seniority)
先行権は、欧州連合商標や欧州連合商標出願の所有者が欧州連合の先に存在する国内登録に基づいて、例え国内登録が失効させられる場合でも、優先的な内容を主張できる権利である。欧州連合商標制度は、既存の国内登録の乗り換えとして機能するように制度設計されており、既に国内登録で保護されているような商標登録も先行権を主張して権利化を図るようにして、乗り換えの不利益がないようにしています。先行権は、既存の国内登録の指定商品・指定役務に対して主張でき、商標は同一であり、所有者も同一であるのが要件です。先の国内登録の存続期間が経過したり、取消や無効となれば、先行権を主張することはできません。先行権は、EUTMの出願とともに、或いは出願後、さらにはEUTMの登録の後でも、主張できます。
マドプロの場合には、出願人が、国際出願又は事後指定においてEUを指定するとき、加盟国で登録された先の標章の先行権を主張することができます。そのような主張は、国際出願又は事後指定の請求に対しMM17 様式を添付することが必要となります。先願権クレームのサポートにおける証明書又は書類を添付することはできません。その代わり、IR(国際登録)名義人は、IR の最終的受理のEUIPO公開直前に加盟国で登録された先の標章の先行権も主張できます。