急増する外国人旅行者の影響からか、東京や大阪の都心部で、アクセスが良く手頃な値段のホテルを予約しようにも、どこも満室で取れない場合もあるという報道も聞かれる今日ですが、2020年の東京オリンピック開催に向けて新たなホテル・旅館などの新設や客室数の増強なども予測されています。また、東京丸の内でも1500メートルの地下の温泉を利用した温泉施設が開業するといった話題もあり、地震国日本ではありますが、同時に温泉国日本と言うこともできるかと思います。ここではホテル業や旅館業を営業する方にとっての商標について説明したいと思います。
ホテルや旅館の商品・役務の区分
先ず、ホテルや旅館には、そのホテル名や旅館名がありますが、商標登録は必要と思います。法的には、商標登録なしで営業することに問題がある訳ではないのですが、商標登録がなければ、他人が同じ商標について登録する可能性があり、他人にホテル名や旅館名についての商標登録を取得されてしまうと、その他人の出方によっては看板取り替えなどの事態になりかねないからです。ホテルや旅館についての商品・役務の区分のうち最も主要なものは、第43類の”宿泊施設の提供 宿泊施設の提供の契約の媒介又は取次ぎ”という役務区分になります。ホテルや旅館は、同時にレストラン、お食事処、バー、喫茶店、催し物、セミナー会場などについて営業することがありますので、できれば同じ第43類で”飲食物の提供”や”会議室の貸与,展示施設の貸与”などについて併記するようにします。
旅館の〇〇の間というような旅館内の1つの部分については、個別に商標を取得する必要はないとされていますが、お風呂を宿泊者以外のお客にも有料で利用させているような営業の場合には、第44類 ”入浴施設の提供”が該当します。また、ホテルの施設が結婚式にも利用できる場合には、第45類 ”婚礼(結婚披露を含む。)のための施設の提供”を権利範囲に入れるようにします。
温泉は地域団体商標
平成18年4月1日に地域団体商標制度が開始され、地域ブランド育成の早い段階で商標登録を受けられる制度となっています。典型的な地域団体商標は、地域名プラス生産物名というところですが、温泉自体を地域ブランドとして認識して、温泉名を登録する例が増えています。事業協同組合等の特別の法律により設立された組合や、商工会、商工会議所、NPO法人(特定非営利活動法人)並びにこれらに相当する外国の法人も商標登録の出願人になれます。
既に地域団体商標として商標登録のある温泉
(平成26年5月3日現在)
熱海温泉、有馬温泉、粟津温泉、芦原温泉/あわら温泉、伊香保温泉、伊豆長岡温泉、伊東温泉、越後湯沢温泉、雄琴温泉、片山津温泉、鴨川温泉、川治温泉、菊池温泉、鬼怒川温泉、城崎温泉、草津温泉、黒川温泉、下呂温泉、小湊温泉、塩原温泉、四万温泉、蓼科温泉、玉造温泉、杖立温泉、土湯温泉、道後温泉、十勝川温泉、長門湯本温泉、長良川温泉、南紀白浜温泉、原鶴温泉、三朝温泉、山代温泉、山中温泉、湯河原温泉、湯郷温泉、湯の花温泉、湯原温泉、和倉温泉
ホテル・旅館・温泉施設についての係争・事例
a.湯~トピア商標権侵害事件
平成27年11月5日判決 平成27年(ネ)第10037号 商標権侵害行為差止等請求控訴事件 (原審・東京地方裁判所平成25年(ワ)第12646号)
本件は湯~とぴあの商標権を所有する商標権者が、函南町の温泉施設湯~トピアかんなみが使用する標章は、商標権侵害であると訴えた事件です。特許庁では、原告商標の登録とは非類似として、函南町の商標は登録されました。東京地裁では、原告商標を結合商標として分離して「湯~とぴあ」を要部とし、排他的な効力を認め、湯〜トピアかんなみ」の使用差止と1200万円の損害賠償の支払いを命じました。知財高裁での控訴審では、「ゆうとぴあ」(「ユートピア」)と称呼される語は、「湯」の漢字を含む場合であると、「湯」の漢字を含まない場合であると、いずれの場合であっても、入浴施設の提供という役務においては全国的に広く使用されているということができる。原告商標の「湯~とぴあ」の部分だけを抽出して、被告標章と比較して類否を判断することは相当ではなく、同時に、被告標章のうち,上段部分の,「湯~トピア」と「かんなみ」の部分を分離観察せずに、一体的に観察して、原告商標との類否を判断するのが相当である。と判断して、原告商標と被告標章は非類似と判断しています。判示するところは、特許庁と裁判所は異なる判断をすることがあり、結合商標の場合、要部の抽出を異ならせると異なる結果となり易いというところでしょうか。
b.おんせん県おおいたの事例
大分県はかつて「おんせん県」を商標出願しましたが、拒絶理由が通知され、大分県は商標登録を一旦は断念しています。他の温泉を有する県もありますので、大分県に独占させる訳にはいかないと判断されたものと思われます。再挑戦した商標は、下図です。無事に登録されています。湯桶のイラスト付きとしたことで、3条の拒絶を回避していますし、赤い湯気がOITAとも読めますし、「おんせん県」の次に「おおいた」の文字も一連称呼される形式で追加されています。湯桶のイラストだけでも3条の拒絶は回避できると思いますが、おおいたの文字を2か所に加えて、他県との差別化をさらに図っています。文字だけ見ても、他の県がおんせん県~や~おんせん県というような商標(~は“おおいた”とは非類似の言葉)をとるのに妨げとはならないように思います。この件に限らず、一般的に、一度駄目でも再挑戦することで、商標登録を得ることは十分に可能です。