ADR (裁判外紛争解決手続)  3種類のADR手続

1. ADR (Alternative Dispute Resolution)とは

ADR (Alternative Dispute Resolution)とは、紛争の解決のため、裁判によらずに、調停や仲裁などの方法によって紛争を解決する手続で、当事者には正式な裁判手続に比べて時間や費用を節約し機密を保つことができるという利点があり、さらには国境を越えた紛争を効率的に処理できるという利点もあります。Alternative Dispute Resolutionは、一般的には、当事者同士の話し合いによる和解(negociated settlement)と正式な裁判手続(formal judicial proceeding)の間の手続とされる調停(mediation)や仲裁(arbitration)を指します。知的財産権の紛争そのものをAlternative Dispute Resolutionによって解決することは行われていますが、実際には、ADRの手続きに入るには契約乃至合意が必要なため、紛争が生じている当事者が解決手段について合意する場合よりも、契約で結ばれていた両者がADR条項に従って紛争解決を目的にAlternative Dispute Resolution手続に入る場合の方が数が多いものと思われます。また、仲裁手続において争われるのは知的財産権の権利そのものよりも、権利の契約についての争いが多い傾向にあります。知的財産権が関連した紛争の場合、仲裁が最適な手段でない場合もあり、商標の侵害品を対象とするような一方の当事者に悪意が認められる場合は、仲裁のような当事者の合意に基づく手続は適当ではないこともあります。

ADR

2. Alternative Dispute Resolutionの種類

A. 調停(Mediation)とは

調停とは、当事者の合意に基づいて、中立的な第三者である調停人の仲介により、当事者双方の利益に沿った和解成立を目指す非拘束的な手続きです。 調停人が強制力を伴った判断を下すことはなく、和解合意書は契約としての法的拘束力をもちます。 また、調停と、裁判や合意に基づく仲裁と併用(med-arb)することもできます。調停が有効とされる場合とは、当事者間での関係性が紛争後も続く場合や、関係する当事者の数が多い場合などが挙げられます。

B. 仲裁 (Arbitration)とは

仲裁は、当事者の合意により、当事者によって選任された単独または複数の仲裁人に紛争解決を委ねる手続きです。当事者双方の権利義務について仲裁廷が下す仲裁判断には拘束力と最終性があり、仲裁法に基づいて執行が可能です。 訴訟に代わる私的な紛争解決手段である仲裁の場合、出された結論はそれをひっくり返す手段はなく、通常、終結後に裁判手続きに進むことはできません。ニューヨーク条約は仲裁判断について、国内裁判所により判断内容が再審されることなく執行されるよう規定しています。これにより国を超えた仲裁判断の執行ができます。機密性が保たれるか否かは、機密保持の条項があるか否かに依存します。

B-1. 拘束力のある公式仲裁(Formal Binding Arbitration)

仲裁は、1人または複数の仲裁人に最終決定を委ね、通常はその決定には不服として提訴をしないと合意することを契約内容としています。仲裁合意は書面が必要とされます。審理は通常、当事者自身ではなく代理人によって意見を述べるように進められ、証拠としては宣誓書、書証、宣誓供述書、人証を採用しますが、厳格な証拠法は採用しません。証人喚問や反対尋問は粉われます。仲裁人は、独立しており、当事者と私的な通信、会話などは禁止されます。

B-2. 拘束力のない非公式仲裁(Informal Non-Binding Arbitration)

拘束力のある公式仲裁に対して、仲裁人はよりあっせん・和解に向けた判断をします。証拠集めでは費用を増大させないように幾分緩やかな運用がなされます。意見陳述のために弁護士をもちいることもしますが、証人を呼ぶことはしません。仲裁人の判断は、典型的には書面ではなく口頭とされます。

B-3. 貸し裁判官(Rent-A-Judge/Private Judging)

主に米国でのAlternative Dispute Resolutionの1つであり、貸し裁判官として例えば引退した経験のある元裁判官に対して、紛争について意見陳述や証拠の提示を行って解決を模索します。審理は通常の裁判手続と同様に進められますが、当事者間で幾分緩和された証拠法などを利用することも可能です。ロサンゼルス地区では、訴訟件数の未処理が多く、採用される例もありますが、第2の裁判制度を作るべきではないとの批判もあります。Judicial Arbitration & Mediation Services Inc. (JAMS)がその取り扱いで知られています。

B-4. ミニ裁判(Mini-Trial)

拘束力のない仲裁程度に、通常、各代理人(弁護士など)が双方の意見を主張し、証拠としては宣誓書、書証、宣誓供述書、人証(通常は専門家証言のみ)を採用します。意見の主張は、当事者の各重役と中立人に対して行われます。中立人は証拠や意見を聞き入れ、拘束力ない意見を出します。争点についての意見陳述が十分出され、中立人の意見を聞いたところで、代理人に退いてもらい当事者の各重役同士で和解に向けた話し合いをします。

B-5. 簡易仲裁 (Expedited Arbitration)

WIPOの仲裁手続の1つで、簡易仲裁は、短期間・低コストな簡易手続きによる仲裁です。簡易仲裁の仲裁廷は、通常、センターにより指名された単独の仲裁人で構成され、仲裁が開始されてから6週間で最終決定がなされます。登録料や手続料は一般の仲裁よりも安く、一億円までの紛争は固定仲裁料とすることができます。仲裁申し立てと共に、請求の陳述を行い、防御の陳述は答弁と共に行います。公判は3日を超えることはできません。仲裁の種々の段階で、時間制限が設けられ、3か月以内で審理を終結し、そこから1か月で最終決定をするとされています。

B-6. 専門家による決定(Expert Determination)

専門家による決定は、同じくWIPOの仲裁手続の1つであり、単独の,あるいは複数の専門家による判断を仰ぎ,付託事項についてそれらの専門家による決定を求める手続です。紛争当事者がその他の合意をしない限り,決定は拘束力をもつとされています。知財分野では、例えば知的財産権の鑑定、ロイヤリティー配分比率の確定、商標権の請求範囲、あるいはライセンスにより定められた権利範囲に関する解釈などが決定の対象とされます。

C. ハイブリット手続(Hybrid Processes)

C-1. Med-Arb

最初に、当事者は互いに認める調停人に対してそれそれの意見を提出します。もし、調停を経た後でも争点が残っていれば、調停人が残っている争点に対して仲裁人として働き、原則拘束力のあるように結論を出します。一般に、結論は調停と和解による争点と、拘束力のある仲裁に持ち込まれた争点の両者を含みます。しばしばMed/Arb条項は商業契約に含まれますが、複数階層の紛争解決の方針も好まれつつあります。
Med-Arbの本質には、調停人が仲裁人にもなるというところですが、直前に調停人だった同じ人が仲裁人になるときに、調停人だったことを切り離して仲裁するところに難しさがあり、Med-Arbを禁止する管轄もあります。

C-2. Arb-Med

Arb-Medでは、1人の中立人が仲裁を行い、結論を出し、それを一旦封印します。次いで、中立人と当事者で調停を行います。仲裁の結果は、調停で合意を見ない場合に表出させるようにします。仲裁段階での証拠の提示は当事者を争点に向かわせることに役立つことになり、仲裁の結果があることは当事者間での解決を意欲づけすることになります。

C-3. ミニ裁判-仲裁(Mini-Trial and Arbitration)

ミニ裁判は、拘束力のない仲裁のような公判を行って、調停に入るような手続きですから、それでも解決しない場合に、中立だと思われる仲裁人に最後、拘束力のある決定をしてもらうことで、裁判に進むよりは良いとされます。

3. Alternative Dispute Resolutionの機関

仲裁の場所については、当事者間の合意で選択することができますが、多くの場合、常設の仲裁機関を選択することが行われています。常設の仲裁機関には、通常、それぞれのルールや料金表などが当事者間で合意すべきオプションを有しながら用意されています。裁判外紛争解決手続を扱う機関は国ごとや分野ごとにも数多くあり、商標関係で身近と思われる数機関を例示します。

3-A. 日本知的財産仲裁センター(JIAC)

日本知的財産仲裁センターは、日本弁理士会と日本弁護士連合会が1998年3月に工業所有権の分野での紛争処理を目的として「工業所有権仲裁センター」という名称で設立し、同年4月1日より運営を開始したADR機関です。センター判定(特許庁の判定に近い)や事業適合性判定などのサービスもしています。調停では弁護士と弁理士が調停人としてペアとなります。日本知的財産仲裁センターのWebsite

3-B. 一般社団法人日本商事仲裁協会(JACC)

一般社団法人日本商事仲裁協会は、国内・国際間の商取引上の紛争を裁判所によらず解決を図る仲裁・調停・あっ旋事業、および、外国に一時的に商品見本や仕事道具を簡便な手続で免税で持ち込める一時免税通関書類(カルネ)発給事業を実施しています。日本商事仲裁協会はまた、裁判外紛争解決手続法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)に基づく法務大臣認証(第7号)紛争解決事業者、および、弁理士法に基づく弁理士による仲裁手続の代理を行える経済産業大臣の指定団体です。一般社団法人日本商事仲裁協会のWebsite

3-C. 国際商業会議所(ICC)

国際商業会議所(International Chamber of Commerce)はフランスのパリに本部を置く国際通商組織です。ICCの仲裁では、国内外の紛争を解決する自由度と効率を備えた手続を行い、仲裁の決定事項は、世界中のどこでも拘束力のある、最終的で、行使できる決定となります。アジアでは、シンガポールと香港が仲裁地として広く利用されており、シンガポールのICC事務局もあります。
国際商業会議所(ICC)のWebsite
シンガポール国際商業会議所(Singapore International Chamber of Commerce:SICC)のWebsite

3-D. 世界知的所有権機関の仲裁調停センター(WIPO Arbitration & Mediation Center)

WIPOの仲裁調停センターは中立で、国際的で非営利な紛争解決の提供機関となっており、時間と費用を節約する裁判外紛争解決手続を提供します。裁判外紛争解決手続の種類としては、WIPOの調停、仲裁、簡易仲裁、及び専門家による決定があり、これらにより、知的財産に関する紛争を解決します。また、WIPOはドメイン名の紛争解決についてに世界の中心的な役割を担います。WIPOの仲裁調停センターのWebsite

3-E. 米国仲裁協会(AAA)

米国仲裁協会は裁判外紛争解決手続に長い歴史と経験を有し、全米中に事務所を有する非営利機関です。また、併設される紛争解決国際センター(International Centre for Dispute Resolution:ICDR) は80か国以上の競合管理サービスを12か国語に流暢とされるスタッフと共に提供します。知的財産分野での裁判外紛争解決手続の適合性は1983年の仲裁規定Public Law 97-247 (35 USC 294)の施行からよく知られています。最近では、CaseXplorer Arbitrationというオンラインの仲裁も始めています。
米国仲裁協会のWebsite

3-F. 英国仲裁人協会(CIArb)

英国仲裁人協会(CIArb)は非営利団体として1915年に英国で設立された仲裁人の協会です。英国仲裁人協会(CIArb)のWebsite
オンラインセミナー「知的財産紛争をめぐる国際仲裁と訴訟の戦略的活用 ―法務省掲載のビデオ動画を参照して」, 1:30:15

オンラインセミナー「知的財産紛争をめぐる国際仲裁と訴訟の戦略的活用 ―法務省掲載のビデオ動画を参照して」

3-G. アドホック(Adhoc)仲裁

アドホック仲裁とは、機関に依存しない仲裁で、案件ごとに当事者間での合意に基づいて手続きをします。アドホック仲裁の場合、当事者同士の合意により自由に仲裁手続きを決めることができますが、実際にはUNCITRAL(国際連合国際商取引法委員会)の定めたモデル仲裁規則が数多く使われます。

4. Alternative Dispute Resolution 条項

仲裁は当事者の双方が合意した場合に行うことが可能なため,仲裁への付託合意を契約書に盛り込むことで契約書に起因する将来の紛争に備えることができます。

4-A. ICC Arbitration条項

ICCのstandard arbitration条項は次のとおり。
“All disputes arising out of or in connection with the present contract shall be finally settled under the Rules of Arbitration of the International Chamber of Commerce by one or more arbitrators appointed in accordance with the said Rules.”

4-B. WIPO Arbitration条項

WIPO推奨契約条項および付託合意がWebsite上で用意されており、特許、ノウハウ、ソフトウェアのライセンス、フランチャイズ、商標共存合意、共同開発、R&D契約、知的財産権が関係するM&A、スポーツマーケティング合意、出版・音楽・映画に関する契約など、知的財産権を対象とする様々なタイプの契約書に挿入することができます。英語だけではなく、日本語を含む他の9か国語でも作成可能です。

5. 仲裁法

UNCITRAL(国際連合国際商取引法委員会)の定めたモデル仲裁規則に準拠する形で、日本でも仲裁法が制定されています。その特徴とするところは、まず手続きとして、民事上の紛争の全部又は一部の解決を1人又は複数の仲裁人にゆだね、その仲裁判断に服するという合意(仲裁合意)が前提となります。すでに生じている紛争の他、例えば何らかの契約の両当事者が、その契約関係において将来生じうる紛争について仲裁に関する条項を盛り込むなどして予め合意しておくこともでき、仲裁合意は書面によるとされています。仲裁判断をするには、仲裁判断書を作成し、仲裁人が署名すると決められています。別段の合意がない限り、仲裁判断書には判断の理由を記載します。
仲裁法 vol.1 仲裁法 vol.2

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