商標法38条3項の相当な対価額での損害賠償請求

商標法第38条 損害賠償額 4つの計算方法

商標権侵害に対しては、商標法第38条の第1項から第4項の各項にそれぞれの損害額の計算方法が挙られています。

第1の計算方法は、「損害額」=「侵害者の譲渡等数量」×「権利者の単位あたりの利益」-「販売できない事情による控除額」(38条1項)です。

第2の計算方法は、「損害額」=「侵害者が得た利益」(38条2項)です。

しかし、これらの損害額の計算方法では、商標権者自らが登録商標を使用していない場合、38条1項又は2項に定める逸失利益(lost Profit)が存在しないものと認定される傾向にあり、実際には使用していない不使用商標権に基づく損害賠償請求の場合は、38条3項の第3の計算方法を利用できるものとなっています。

第3の計算方法は、「損害額」=「侵害前提で合意される使用料相当額」(38条3項)です。「使用料相当額」は、例えば「侵害者の売上高」×「使用料率」となります。

第4の計算方法は、「損害額」=「当該商標権の取得及び維持に通常要する費用に相当する額」(38条4項)です。

商標法第38条第3項

商標法第38条第3項は平成10年に「通常受けるべき金銭の額」を「受けるべき金銭の額」に改正されて「通常」の文言が削除されています。使用権料相当額に抑えて込まれてしまって、侵害者が侵害し得であるというような状況を回避するように改正されています。商標法第38条第3項で規定されている使用権料相当額は最小限の金銭額とされていて、侵害者が実際の損害額がこれより少額であることを主張して損害賠償を減額させることはできないとされており、逆に使用権料相当額以上の損害があったことを立証して請求することも可能です。なお、平成31年3月1日に閣議決定された「特許法等の一部を改正する法律案」は令和元年5月10日に可決・成立し、5月17日に法律第3号として公布されています(施行日は未定(2019.5.21時点))。その改正法によれば、ライセンス料相当額による損害賠償額の算定には、”権利が侵害されたことを前提として合意されるであろう使用権料”を考慮できると規定されています。

(法改正された新4項)裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、商標権者又は専用使用権者が、自己の商標権又は専用使用権に係る登録商標の使用の対価について、当該商標権又は専用使用権の侵害があつたことを前提として当該商標権又は専用使用権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該商標権者又は専用使用権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。

商標法第38条第4項

第4項は、TPP参加に応じて設けられた規定で、環太平洋パートナーシップ協定の条文18.74 条では、「商標の不正使用について法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を設けること」を参加国に義務付けており、その商標権の取得及び維持に通常要する費用に相当する額を最低限の損害額として請求可能です。侵害者の売り上げ額が零か少額の場合に有効です。

損害不発生の抗弁

損害不発生の抗弁は、「登録商標に類似する標章を第三者がその製造販売する商品につき商標として使用した場合であっても、当該登録商標に顧客吸引力が全く認められず、登録商標に類似する標章は使用することが第三者の商品の売上げに全く寄与していないことが明らかなときは、得べかりし利益としての実施料損害額の損害も生じていないというべきである。」との最高裁平成9年3月11日判決(平6(オ)1102号(小僧寿し事件))に由来します。

裁判例による使用料率の算定(商標法第38条 損害賠償額)

事件番号・判決日 損害認定額 使用料率 原告請求額or率 商標
1 平成21年(ワ)第123号 東京地裁平成22年8月31日判決 150万5666円 10%(被告売上額) 原告製品定価×5% カルティエ
2 平成21年(ワ)第13559号 大阪地裁平成24年12月13日判決 836万円 1棟当たり10万円 4億0528万1000円 ユニキューブ\unicube
3 平成23年(ワ)第21532号 東京地裁平成25年3月7日判決 723万9915円 豚肉1㎏当たり13円 (組合員の使用許諾を参考) 2611万7650円 ヨーグルトン
4 平成24年(ネ)第10010号 知財高裁平成25年3月25日判決 2799万7164円 限界利益の1.5% 3億6960万円 ナーナニーナ
5 平成22年(ワ)第44788号 東京地裁平成25年3月22日判決 37万2341円 売上額1%(重複登録後権利消滅) 854万9033円 和幸
6 平成24年(ワ)第24872号 東京地裁平成26年1月31日判決 8470万7677円 化粧品販売の売上額の1.5% 1億0395万円 Pierarejeunne/ピエラレジェンヌ
7 平成27年(ワ)第8132号 東京地裁平成28年2月9日判決 330万円 使用料率に依存しない 880万円 なごみ
8 平成28年(ワ)第38082号 東京地裁平成30年2月8日判決 95万円 1か月当たりの使用料5万×営業期間 330万円 アロマグランデ
9 平成30年(ネ)第2025号 大阪高裁平成31年2月21日判決 311万1970円 売上高の0.2% 5856万3079円 LIGHTING SOLUTION

商標法第38条 損害賠償額

第三十八条(損害の額の推定等)
1 商標権者又は専用使用権者が故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した商品を譲渡したときは、その譲渡した商品の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、商標権者又は専用使用権者がその侵害の行為がなければ販売することができた商品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、商標権者又は専用使用権者の使用の能力に応じた額を超えない限度において、商標権者又は専用使用権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を商標権者又は専用使用権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。
2 商標権者又は専用使用権者が故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、商標権者又は専用使用権者が受けた損害の額と推定する。
3 商標権者又は専用使用権者は、故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
4 商標権者又は専用使用権者が故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その侵害が指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。第五十条において同じ。)の使用によるものであるときは、その商標権の取得及び維持に通常要する費用に相当する額を、商標権者又は専用使用権者が受けた損害の額とすることができる。
5 前二項の規定は、これらの規定に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、商標権又は専用使用権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。
第三十八条(損害の額の推定等)2019年3月1日閣議決定版 施行日令和2年(2020年)4月1日
第三十八条第一項中「その譲渡した商品の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、商標権者又は専用使用権者がその侵害の行為がなければ販売することができた商品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、商標権者又は専用使用権者の使用の能力に応じた額を超えない限度において」を「次の各号に掲げる額の合計額を」に改め、同項ただし書を削り、同項に次の各号を加える。

一 商標権者又は専用使用権者がその侵害の行為がなければ販売することができた商品の単位数量当たりの利益の額に、自己の商標権又は専用使用権を侵害した者が譲渡した商品の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該商標権者又は専用使用権者の使用の能力に応じた数量(同号において「使用相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該商標権者又は専用使用権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額

ニ 譲渡数量のうち使用相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(商標権者又は専用使用権者が、当該商標権者の商標権についての専用使用権の設定若しくは通常使用権の許諾又は当該専用使用権者の専用使用権についての通常使用権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該商標権又は専用使用権に係る登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額

第三十八条第五項中「前二項」を「第三項及び前項」に改め、同項を同条第六項とし、同条第四項を同条第五項とし、同条第三項の次に次の一項を加える。

4(新設) 裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、商標権者又は専用使用権者が、自己の商標権又は専用使用権に係る登録商標の使用の対価について、当該商標権又は専用使用権の侵害があつたことを前提として当該商標権又は専用使用権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該商標権者又は専用使用権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。

特許法等の一部を改正する法律の施行期日を定める政令(令和元年11月7日政令第145号)より施行日は令和2年(2020年)4月1日

商標権侵害への救済手続
商標関連訴訟の訴額と申立手数料 (印紙代)

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